お使いのブラウザはJavaScriptに対応していません。

世界のみかた

移籍第1弾にして初のセルフ・プロデュース!
6th album『世界のみかた』
先行シングル「幾歳月」のアルバム・バージョンを含む全11曲収録。
収録曲逆順CD付初回限定盤 同時発売!!

ライター志田 歩による 6th album『世界のみかた』解説

中村 中の通算6枚目のオリジナル・アルバム『世界のみかた』は、テイチクへの移籍第一弾であると同時に、セルフ・プロデュースで新たな境地に挑んだ作品でもある。

 まずここに至るまでの経緯を急いで振り返ってみると、元々彼女は21歳の誕生日である2006年6月28日にシングル「汚れた下着」でメジャー・デビューし、翌2007年1月にファースト・アルバム『天までとどけ』、同年12月にセカンド『私を抱いて下さい』を発表。中学生の時に初めて買ったCDが研ナオコだったところから音楽への興味を深めていったこともあって、ジャジーな要素も含む昭和歌謡風の音楽性と人間の内面を深く洞察した歌詞、そして舞台女優としての活動も並行しつつ、卓越した表現力を宿したヴォーカルで、早くから深みのある楽曲を多数発表してきた。

 その深みとは、たとえ多勢に無勢といわれるような状況であろうと、自分の実感を決して手放さない者を優しく包みこむしなやかでかつ凛とした力強さ。その背景には彼女自身が性同一性障害である自分の資質ときちんと向き合うまでの体験が、糧となっている部分もあるように思う。
 だが彼女はそれだけでなく、その後もミュージシャンとして次々と新たな扉を開け放ってきた。サード・アルバム『あしたは晴れますように』(2009年)と4th『少年少女』(2010年)でアレンジャーに根岸孝旨を起用した後、前作『聞こえる』(2012年)ではプロデューサーに笹路正徳を起用。こうしたベテラン・ミュージシャンとの共同作業を通じて、プログレッシヴ・ロック、ファンク、さらにはプログラミングを使ったダンス・ミュージックにアプローチして、怒濤の勢いで音楽性を広げてきたのである。

 そして今回初のセルフ・プロデュースで届けられたのが『世界のみかた』。プレイヤーには真壁陽平(ギター)、TABOKUN(ベース)、かどしゅんたろう(ドラムス)の三人を従え、彼女自身はヴォーカルの他、キーボード、パーカッション、プログラミング、リコーダー、ピアニカを担当して、マルチ・プレイヤーぶりも発揮している。こうした顔ぶれでレコーディングに臨んだのは、「20代の終わりに無我夢中であがいている気持ちを表現するために若々しい勢いのある演奏が必要」という彼女の判断によるものだ。

 実は本作の準備期間中に、中村 中は「何をテーマに歌うべきか?」という深刻な悩みに直面した後に、そうした迷いすらも歌っていこうと思いを新たにして取り組んだという。本作『世界のみかた』のテーマも、まさに苦闘の産物だ。彼女の現状を占うタロットカードで提示されたのは“吊された男”。このカードはいっけん不吉に見えるものの、実は現状での努力や行動が今後につながる良い面を意味しており、その同じカードが逆さまの状態(逆位置)では、現状が変わらず苦労し続けることや今後につながらないことを意味する。これにヒントを得て生まれたのが、“同じものでも見方によって異なる意味になる”という発想である。

 ちなみに本作の初回限定盤には、収録曲を通常盤(正位置盤)と真逆にした“逆位置盤”を付加している。これは“ものごとは気の持ちよう”“ものごとを複数の見方でとらえる”というアルバムのテーマを反映して、タイトル曲である「世界のみかた」をまん中に据えた本作のシンメトリカルな構成を強調するところから生まれたアイデアだ。通常盤の購買者もパソコンで各楽曲のデータを逆に並べ変えることで“逆位置盤”が制作できるように曲間の時間を調整するという、徹底的なこだわりを持ったマスタリングが施されている。

 こうした取り組みは、彼女がコンセプト・アルバムに取り組むミュージシャンとして音楽のデータを制作するだけでなく、セルフ・プロデュースにより、データの配列の仕方にも美術家のような発想でコンセプトを反映させたからこそ実現できたものといえるだろう。

文 志田 歩

収録曲

世界のみかた (正位置盤)

01.幾歳月~Album version~ ▼解説

 今年6月4日にテイチクへの移籍第1弾シングルは笹路正徳のプロデュースだったが、アルバムの幕開けは、セルフ・プロデュースによるヴァージョン。「かなわない恋でも、人を好きになる気持ちそのものを、素直に受け入れられるようになるまでに、いったいどれほどの歳月が必要なのか」という自問自答は、恋がかなわないということを前提とする発想であり、“諦観を受け入れる”というアルバム全体のテーマにも繋がっている。
 シングル・ヴァージョンでは、アコースティック・ギターの音色が目立つリリカルな前半から、シンセサイザー類の音数が多い饒舌な印象の後半部へと展開していたが、アルバム・ヴァージョンは、過剰な装飾を廃したストイックなアレンジで、アウトロのスキャットが、より生々しいエモーションを伝えてくる。
 “素直になりたい気持ち”を綴った歌詞の切り口は、アルバムのラストを締める「愛されたい」と共通し、シンメトリカルな構成を支えている。

02.おつきさま ▼解説

 オープニングの「幾歳月」がミディアム・ナンバーだったこともあって、シンプルなビートを刻むイントロが、楽曲の印象を際立たせている。
 “落とした荷物をあきらめながら”という歌詞の一節は、“諦観を受け入れる”というアルバムのテーマに直結。“皺ひとつない羽根で空を飛び始めた椋鳥”を、新しく社会人として働き始めた人々の比喩とするなら、その椋鳥の群れの中には21歳の若さでデビューし、“20代の若さ”を“落とした荷物”としてあきらめながら進んでいこうとしている彼女自身も含まれているのかも知れない。結論は無く、“どこまで行こうか”という終わりの無い問いだけがある。それを歌う彼女の凛とした声が、終わりの無い問いを背負いつつ生きていくしかない人としての業を、リスナーにきっぱりと提示している。
 タイトルの「おつきさま」が示しているのは、人間にはどうしても抗うことができない絶対的な存在であり、アルバムでラスト直前の「白夜」に出てくる太陽と対になっている。

03.カーニバル ▼解説

 いきなりすっぴんのアカペラで始まる「カーニバル」では、サウンドは祝祭的な活気を帯びているが、登場人物たちはやはり答えの無い問いを抱えながら踊り続ける。中間部でスポークン・ワードとラップを折衷したようなスタイルで、コーラスとの掛け合いを展開している部分は、客席とのコール&レスポンスとなってライヴで盛り上がりを予感させる。転調によりさらにテンションを高める手際も鮮やかだ。
 スキャットやヴォーカルのメロディなどで、ラテン音楽の影響がうかがえるのも印象的。彼女はパンデイロ(サンバで使用されるブラジル風のタンバリン)を習うなど、ラテン音楽への関心も深く、この曲はそうした成果を反映した、ドラマティックなフックを擁するミクスチャー・ナンバーとなっている。
 とはいえこの曲の歌詞は、カーニバルの熱狂のうちにカニバリズムもほのめかしており、活気だけでなく裏腹の背筋が寒くなるような怖さを宿しているのも見逃せないポイントだ。

04.昨日までの話 ▼解説

 「カーニバル」の活気とは一変して、重い足をひきずって歩いているようなゆっくりとしたリズムにのせ、内省的な気持ちを綴ったミディアム・ナンバー。
 “なんとかなるさ”というあての無い希望や夢にとらわれる状態よりも、諦観を引き受けることで解放されることを選びたい。そのためには過去と訣別しなけらばならないというテーマは、痛みを伴うシリアスなトーン。しかし繰り返し使われる“いたい”という言葉が、曲の進行に連れて“痛い”という意味から“居たい”という意味に変わっていく言葉遊びのマジックが、音の響きの快さを提示しており、楽曲をヘヴィなテーマから救い出している。
 仲間と過ごした青春時代を描くという設定は、8曲目の「同級生」と共通するものでもある。

05.思い出とかでいいんだ ▼解説

 好きな人に対して近づき過ぎることをためらい、距離をおきながらも相手を思い続ける繊細な心境を綴ったラヴ・ソング。中村 中の他者に対するこうした距離感は、初期の代表曲である「友達の詩」をはじめとして、これまでの作品でもたびたびテーマとして採り上げられてきた。
 エレキピアノとギターのアンサンブルが織りなすサウンドには、落ちついた温もりがあり、ひたすら相手を思う主人公の独白の形で描かれている歌詞は、切ない中にもポジティヴな雰囲気が漂っている。
 一般的には“何か残す”という言葉からは、結婚とか出産をイメージすることが多いと思われるが、現在の彼女にとってはアーティストとして作品を作り続けるという覚悟を意味しているのかも知れない。
 諦観交じりのラヴ・ソングという設定は、7曲目の「ひとり暮らし」と共通しており、アルバム全体のシンメトリカルな構成を形作っている。

06.世界のみかた ▼解説

 タイトルは“世界の味方”を連想させつつ、アルバム全体のテーマである“世界の見方”とのダブル・ミーニング。「思い出とかでいいんだ」にも見受けられるこうした言語感覚の醸し出す軽妙さは、これまでの作品ではあまり見受けられなかった中村 中の新境地といえるだろう。
 言葉数の多いフォーク・ロック的な幕開けで始まるが、曲調は途中から何回も変わる複雑な構成を持っている。通常のポップスではA-B-A-Bとか、A-B-A-B-Cのようにくり返しを基調にした構成が多いが、実は「世界のみかた」は、A-B-C-B-Aというきわめてユニークな構成だ。
 この曲を折り返し地点とするアルバム全体の組み立てに対応して、始まりからみても終わりから見ても曲自体がシンメトリカルな構成になしている言葉の配置の仕方も周到だ。
 それに加えて拍子の解釈の仕方を変えることで曲調が転換していくという仕掛けも、“見方によってものごとは違って感じられる”というテーマを反映したもの。多様なアプローチで音楽を生み出していく中村 中ならではのアイデアを、4分に満たないサイズに凝縮させた濃密な楽曲である。

07.ひとり暮らし ▼解説

 徐々に重厚な盛り上がりを迎えるバラード。キーボードのイントロに導かれて静謐に幕を開ける前半では、声を抑制することで憂いに富んだエモーションを醸し出している。歌詞の内容は「思い出とかでいいんだ」と対をなす諦観交じりのラヴ・ソングだ。いっしょに死んでも良いとさえ思い詰めるほどの恋愛感情の高まりを知りつつも、そこまで思った相手を失ってからも生きていくであろう自分自身のあり方を見つめる醒めた視点が、人間の心への深い洞察力を感じさせる。
 音域の広いメロディを、さまざまな声色を使いつつ生々しくしかも妖艶に歌っているあたりは、まさに彼女のヴォーカリストとしての本領発揮といえるだろう。

08.同級生 ▼解説

 2011年に兵庫県の中学校で自殺者を出したいじめ事件に衝撃を受けて書き、ストックしていた曲。
 中村 中の楽曲の中でいじめ問題を扱ったものとしては、ひときわドラマティックな緩急の起伏に富んだ「戦争を知らない僕らの戦争」(2010年のアルバム『少年少女』収録)があるが、この「同級生」ではいじめという問題を扱ったヘヴィな歌詞と、トラッドに通じる三拍子系のリズムの飄々としたサウンドとのコンビネーションが印象的だ。
 「戦争を知らない僕らの戦争」の歌詞は被害者の視点から綴っていたが、この曲の歌詞は加害者の視点から描いている。これは中学時代に中村 中をいじめていた人物から、彼女が和解した後に実際に聞いた話がヒントになっているようで、加害者が悪で被害者が善というような単純な勧善懲悪ではないことにも注意したい。ひらがなとカタカナが入り乱れる終わり際の歌詞の表記は、加害者の精神も病理的な状態に陥っていることをものがたっている。

09.後悔してる ▼解説

 TVのチャンネルを換えるように登場人物が次々と入れ替わる設定のもとで、“こうかい”という言葉から“後悔”“航海”“公開”とさまざまな意味合いを引きだす言葉遊びのセンスが、軽妙さをもたらしている。ニュース番組を模した曲中のSEも、歌詞で描いている光景に客観的な距離感を持たせている。
 とはいえ“生まれる前に戻りたい”というフレーズが突きつける問いかけの鋭さは衝撃的だ。この曲に限らず中村 中の表現には、時代に添い寝するのではなく巨視的なスケールで、根底的な価値観を模索するような深みを感じさせるものが少なく無い。その質感は、近代化に邁進し始めた世の中の進むべき方向を、あらゆる前提を取っ払ったところから見いだそうとしていた1970年前後の多くの芸術作品と共通するものがある。
 ちなみにこのアルバム『世界のみかた』に先立ってシングル「幾歳月」のカップリング「I Talk To The Wind」は、プログレッシヴ・ロックの金字塔であるキング・クリムゾンのカヴァーだが、この曲のオリジナルがアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』の収録曲として発表されたのは1969年。こうした楽曲との相性の良さは、彼女が宿命的に身に付けている才能の現れであるだろう。
 そしてこの「後悔してる」の歌詞の切り口は、根底的な命のあり方に言及するという点で「カーニバル」と対をなしている。

10.白夜 ▼解説

 不穏なノイズで幕をあける不吉な気配に満ちたヘヴィなロック・ナンバー。壮大なスケール感で破局の後の光景を描きだしている。
 “豊かになる夢”が“全部弾け飛んだ”と歌うこの曲では、通常のポップ・ミュージックでは、希望の象徴として使われることの多い“光”という言葉を、いまいましいものとして提示することで、ラディカルな視点を提示している。それは日本の繁栄を支えてきたとされる原子力発電所が、もっとも忌まわしい災厄をもたらした東日本大震災の事故以後ならではの表現ともいえる。
 「白夜」は中村 中がこれまで発表してきた楽曲の中でも、最もプログレッシヴ・ロックに近い重厚なサウンドを前提となる楽曲であり、今後のライヴのステージ上で、さらにダイナミックに生成変化していくことが期待される。

11.愛されたい ▼解説

 答えではなく多くの問いを放ってきた本作『世界のみかた』の最後に提示されるのは、“愛されたい”“素直になりたい”という願い。演奏の終わりはアルバムの締め括りとして作品を完結させるものであるが、フェイドアウトで再びオープニングの「幾歳月」へとイメージが繋がるような余韻も残している。
 この曲のメロディも音域が広く、ヴォーカリストとしてのハードルは高い。それにも関わらず、中村 中は余裕を持って歌えるようなキーの設定にはしていない。この資料を作成するにあたって、その理由を聞いたところ「多少の危うさを伴う表現の方がエロいでしょ?」との答が返ってきた。
 ミュージシャンとしてのスキルや作品のコンセプトを大切にしつつも、それらに縛りつけられてしまうのではなく、生身であるからこそのいろっぽさを重視するあたりは、まさに身を挺した説得力に賭ける中村 中のアーティストとしての姿勢を示すものといえるだろう。

世界のみかた (逆位置盤)

01.愛されたい ▼解説

 答えではなく多くの問いを放ってきた本作『世界のみかた』の最後に提示されるのは、“愛されたい”“素直になりたい”という願い。演奏の終わりはアルバムの締め括りとして作品を完結させるものであるが、フェイドアウトで再びオープニングの「幾歳月」へとイメージが繋がるような余韻も残している。
 この曲のメロディも音域が広く、ヴォーカリストとしてのハードルは高い。それにも関わらず、中村 中は余裕を持って歌えるようなキーの設定にはしていない。この資料を作成するにあたって、その理由を聞いたところ「多少の危うさを伴う表現の方がエロいでしょ?」との答が返ってきた。
 ミュージシャンとしてのスキルや作品のコンセプトを大切にしつつも、それらに縛りつけられてしまうのではなく、生身であるからこそのいろっぽさを重視するあたりは、まさに身を挺した説得力に賭ける中村 中のアーティストとしての姿勢を示すものといえるだろう。

02.白夜 ▼解説

 不穏なノイズで幕をあける不吉な気配に満ちたヘヴィなロック・ナンバー。壮大なスケール感で破局の後の光景を描きだしている。
 “豊かになる夢”が“全部弾け飛んだ”と歌うこの曲では、通常のポップ・ミュージックでは、希望の象徴として使われることの多い“光”という言葉を、いまいましいものとして提示することで、ラディカルな視点を提示している。それは日本の繁栄を支えてきたとされる原子力発電所が、もっとも忌まわしい災厄をもたらした東日本大震災の事故以後ならではの表現ともいえる。
 「白夜」は中村 中がこれまで発表してきた楽曲の中でも、最もプログレッシヴ・ロックに近い重厚なサウンドを前提となる楽曲であり、今後のライヴのステージ上で、さらにダイナミックに生成変化していくことが期待される。

03.後悔してる ▼解説

 TVのチャンネルを換えるように登場人物が次々と入れ替わる設定のもとで、“こうかい”という言葉から“後悔”“航海”“公開”とさまざまな意味合いを引きだす言葉遊びのセンスが、軽妙さをもたらしている。ニュース番組を模した曲中のSEも、歌詞で描いている光景に客観的な距離感を持たせている。
 とはいえ“生まれる前に戻りたい”というフレーズが突きつける問いかけの鋭さは衝撃的だ。この曲に限らず中村 中の表現には、時代に添い寝するのではなく巨視的なスケールで、根底的な価値観を模索するような深みを感じさせるものが少なく無い。その質感は、近代化に邁進し始めた世の中の進むべき方向を、あらゆる前提を取っ払ったところから見いだそうとしていた1970年前後の多くの芸術作品と共通するものがある。
 ちなみにこのアルバム『世界のみかた』に先立ってシングル「幾歳月」のカップリング「I Talk To The Wind」は、プログレッシヴ・ロックの金字塔であるキング・クリムゾンのカヴァーだが、この曲のオリジナルがアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』の収録曲として発表されたのは1969年。こうした楽曲との相性の良さは、彼女が宿命的に身に付けている才能の現れであるだろう。
 そしてこの「後悔してる」の歌詞の切り口は、根底的な命のあり方に言及するという点で「カーニバル」と対をなしている。

04.同級生 ▼解説

 2011年に兵庫県の中学校で自殺者を出したいじめ事件に衝撃を受けて書き、ストックしていた曲。
 中村 中の楽曲の中でいじめ問題を扱ったものとしては、ひときわドラマティックな緩急の起伏に富んだ「戦争を知らない僕らの戦争」(2010年のアルバム『少年少女』収録)があるが、この「同級生」ではいじめという問題を扱ったヘヴィな歌詞と、トラッドに通じる三拍子系のリズムの飄々としたサウンドとのコンビネーションが印象的だ。
 「戦争を知らない僕らの戦争」の歌詞は被害者の視点から綴っていたが、この曲の歌詞は加害者の視点から描いている。これは中学時代に中村 中をいじめていた人物から、彼女が和解した後に実際に聞いた話がヒントになっているようで、加害者が悪で被害者が善というような単純な勧善懲悪ではないことにも注意したい。ひらがなとカタカナが入り乱れる終わり際の歌詞の表記は、加害者の精神も病理的な状態に陥っていることをものがたっている。

05.ひとり暮らし ▼解説

 徐々に重厚な盛り上がりを迎えるバラード。キーボードのイントロに導かれて静謐に幕を開ける前半では、声を抑制することで憂いに富んだエモーションを醸し出している。歌詞の内容は「思い出とかでいいんだ」と対をなす諦観交じりのラヴ・ソングだ。いっしょに死んでも良いとさえ思い詰めるほどの恋愛感情の高まりを知りつつも、そこまで思った相手を失ってからも生きていくであろう自分自身のあり方を見つめる醒めた視点が、人間の心への深い洞察力を感じさせる。
 音域の広いメロディを、さまざまな声色を使いつつ生々しくしかも妖艶に歌っているあたりは、まさに彼女のヴォーカリストとしての本領発揮といえるだろう。

06.世界のみかた ▼解説

 タイトルは“世界の味方”を連想させつつ、アルバム全体のテーマである“世界の見方”とのダブル・ミーニング。「思い出とかでいいんだ」にも見受けられるこうした言語感覚の醸し出す軽妙さは、これまでの作品ではあまり見受けられなかった中村 中の新境地といえるだろう。
 言葉数の多いフォーク・ロック的な幕開けで始まるが、曲調は途中から何回も変わる複雑な構成を持っている。通常のポップスではA-B-A-Bとか、A-B-A-B-Cのようにくり返しを基調にした構成が多いが、実は「世界のみかた」は、A-B-C-B-Aというきわめてユニークな構成だ。
 この曲を折り返し地点とするアルバム全体の組み立てに対応して、始まりからみても終わりから見ても曲自体がシンメトリカルな構成になしている言葉の配置の仕方も周到だ。
 それに加えて拍子の解釈の仕方を変えることで曲調が転換していくという仕掛けも、“見方によってものごとは違って感じられる”というテーマを反映したもの。多様なアプローチで音楽を生み出していく中村 中ならではのアイデアを、4分に満たないサイズに凝縮させた濃密な楽曲である。

07.思い出とかでいいんだ ▼解説

 好きな人に対して近づき過ぎることをためらい、距離をおきながらも相手を思い続ける繊細な心境を綴ったラヴ・ソング。中村 中の他者に対するこうした距離感は、初期の代表曲である「友達の詩」をはじめとして、これまでの作品でもたびたびテーマとして採り上げられてきた。
 エレキピアノとギターのアンサンブルが織りなすサウンドには、落ちついた温もりがあり、ひたすら相手を思う主人公の独白の形で描かれている歌詞は、切ない中にもポジティヴな雰囲気が漂っている。
 一般的には“何か残す”という言葉からは、結婚とか出産をイメージすることが多いと思われるが、現在の彼女にとってはアーティストとして作品を作り続けるという覚悟を意味しているのかも知れない。
 諦観交じりのラヴ・ソングという設定は、7曲目の「ひとり暮らし」と共通しており、アルバム全体のシンメトリカルな構成を形作っている。

08.昨日までの話 ▼解説

 「カーニバル」の活気とは一変して、重い足をひきずって歩いているようなゆっくりとしたリズムにのせ、内省的な気持ちを綴ったミディアム・ナンバー。
 “なんとかなるさ”というあての無い希望や夢にとらわれる状態よりも、諦観を引き受けることで解放されることを選びたい。そのためには過去と訣別しなけらばならないというテーマは、痛みを伴うシリアスなトーン。しかし繰り返し使われる“いたい”という言葉が、曲の進行に連れて“痛い”という意味から“居たい”という意味に変わっていく言葉遊びのマジックが、音の響きの快さを提示しており、楽曲をヘヴィなテーマから救い出している。
 仲間と過ごした青春時代を描くという設定は、8曲目の「同級生」と共通するものでもある。

09.カーニバル ▼解説

 いきなりすっぴんのアカペラで始まる「カーニバル」では、サウンドは祝祭的な活気を帯びているが、登場人物たちはやはり答えの無い問いを抱えながら踊り続ける。中間部でスポークン・ワードとラップを折衷したようなスタイルで、コーラスとの掛け合いを展開している部分は、客席とのコール&レスポンスとなってライヴで盛り上がりを予感させる。転調によりさらにテンションを高める手際も鮮やかだ。
 スキャットやヴォーカルのメロディなどで、ラテン音楽の影響がうかがえるのも印象的。彼女はパンデイロ(サンバで使用されるブラジル風のタンバリン)を習うなど、ラテン音楽への関心も深く、この曲はそうした成果を反映した、ドラマティックなフックを擁するミクスチャー・ナンバーとなっている。
 とはいえこの曲の歌詞は、カーニバルの熱狂のうちにカニバリズムもほのめかしており、活気だけでなく裏腹の背筋が寒くなるような怖さを宿しているのも見逃せないポイントだ。

10.おつきさま ▼解説

 オープニングの「幾歳月」がミディアム・ナンバーだったこともあって、シンプルなビートを刻むイントロが、楽曲の印象を際立たせている。
 “落とした荷物をあきらめながら”という歌詞の一節は、“諦観を受け入れる”というアルバムのテーマに直結。“皺ひとつない羽根で空を飛び始めた椋鳥”を、新しく社会人として働き始めた人々の比喩とするなら、その椋鳥の群れの中には21歳の若さでデビューし、“20代の若さ”を“落とした荷物”としてあきらめながら進んでいこうとしている彼女自身も含まれているのかも知れない。結論は無く、“どこまで行こうか”という終わりの無い問いだけがある。それを歌う彼女の凛とした声が、終わりの無い問いを背負いつつ生きていくしかない人としての業を、リスナーにきっぱりと提示している。
 タイトルの「おつきさま」が示しているのは、人間にはどうしても抗うことができない絶対的な存在であり、アルバムでラスト直前の「白夜」に出てくる太陽と対になっている。

11.幾歳月~Album version~ ▼解説

 今年6月4日にテイチクへの移籍第1弾シングルは笹路正徳のプロデュースだったが、アルバムの幕開けは、セルフ・プロデュースによるヴァージョン。「かなわない恋でも、人を好きになる気持ちそのものを、素直に受け入れられるようになるまでに、いったいどれほどの歳月が必要なのか」という自問自答は、恋がかなわないということを前提とする発想であり、“諦観を受け入れる”というアルバム全体のテーマにも繋がっている。
 シングル・ヴァージョンでは、アコースティック・ギターの音色が目立つリリカルな前半から、シンセサイザー類の音数が多い饒舌な印象の後半部へと展開していたが、アルバム・ヴァージョンは、過剰な装飾を廃したストイックなアレンジで、アウトロのスキャットが、より生々しいエモーションを伝えてくる。
 “素直になりたい気持ち”を綴った歌詞の切り口は、アルバムのラストを締める「愛されたい」と共通し、シンメトリカルな構成を支えている。

『世界のみかた』を聴いた感想を送ってください!

ニックネーム(Nickname)※必須
『世界のみかた』を聴いた感想を教えてください(Message)
お気に入りの楽曲を教えてください(Favorite Song)

※お送りいただいた感想は、ラジオ等で公表させて頂く場合がございます。あらかじめご了承ください。


PV 同級生(アルバム『世界のみかた』より)

※この動画は歌詞の表示に対応しています。「字幕(キャプション)」機能より切り替え可能です。

ツイート
works
世界のみかた(初回限定盤)【正位置盤+逆位置盤+DVD】

2014.09.03 release

世界のみかた(初回限定盤)【正位置盤+逆位置盤+DVD】

品番:TECI-1416

価格:¥4,500+税

buy

  • amazon
  • towerrecord
  • HMV
世界のみかた(通常盤)

世界のみかた(通常盤)

品番:TECI-1418

価格:¥2,800+税

buy

  • amazon
  • towerrecord
  • HMV
Twitter
@ataru_nakamura
@ataru_mngr
Facebook
中村 中 公式Facebook
  • 三島由紀夫作・宮本亜門演出「ライ王のテラス」
  • 中村 中 アコースティックツアー阿漕な旅 2015 〜どこにいても〜グッズ販売中!
  • bayfm 78.0MHz よのなかばかなのよ 毎週木曜日 23:00~
  • テイチクエンタテインメント
PageTop